ピアノで音楽を作るとき、その表情を伝えるのにベストな方法を常に考えています。様々なアプローチで作品のイメージに近づけるような音を探してピアノと向き合っています。
その場の空気も収録する
ピアノは本体だけでなく、まわりの環境と強調し合って音を響かせます。狭いレコーディングルームなどでは、ピアノ本来の響きを得ることは出来ません。奏者と楽器、環境、すべてがその場の音楽を作っているのです。すべての空気を収録してピアノ演奏の息づかいまでをも伝えたいと考えました。
それはコンサートホールなどで耳にするピアノの音ではなく、日常的に私たちの身近にあるピアノの音。そういった空気を収録する方法として通常の生活空間で録音します。
生活空間の音
防音状態ではないリビングルームにあるピアノで演奏し、窓の外からの日常の景色の音も同時に収録することで、ピアノの音を含んだ日常の空気を切り取ることができます。日常の景色とともに息づいている音、そこから生まれる音楽、その場所でしか生まれない、生きた音楽を作りたいと考えています。
そのような条件で演奏録音したものは、音の存在そのものに親近感を感じることが出来ます。キース・ジャレットのアルバム「The Melody At Night, With You」もそういった環境で生まれた作品のひとつです。あのアルバムの語りかけるようなピアノの音は、奏者と環境が生み出す息づかいから生まれたものなのです。
通常はレコーディングでは邪魔になると考えられる、生活空間の音までをも収録することで、日常にあふれる空気とともに音楽が生きている瞬間を記録します。
旧東ドイツ製のピアノ
録音に使用しているのは、旧東ドイツ製造のピアノ、WILH.STEINBERG。このピアノの特徴は高音域における響きと、低域から高域にいたるまでの音の余韻の長さです。小さなボディからは信じられないくらい豊かな音が響きます。ハンマーアクションも高級ピアノで使われるレンナー社製を採用しています。
アップライトピアノの録音では通常、全面の板を外して弦そのものの響きを録ることが多いです。しかし、このピアノのボディは国内のアップライトピアノでよく使われる合板ではなく、天然木を使用しているために本体そのもの共振も含めて集音します。
FENDER Rhodes Mark1スーツケース
ヴィンテージのエレクトリックピアノ。今では状態の良いものを探すのが非常に困難な、初期のFENDER Rhodes Mark1スーツケースを録音に使用しています。柔らかく包み込むようなサウンドが特徴です。ソフトウェア音源で再現されたものがたくさんありますが、この楽器の持つ空気感は本物でしか味わえません。楽器の音は奏者に影響を及ぼすので、演奏のクオリティもかなり違いが出ます。
最新のテクノロジーとの融合
最近ではソフトウェア音源でピアノを見事に再現しているものがあります。生ピアノの息づかいまでは表現できないものの、出音だけならちょっと見分けがつかないくらい、本物に近いものが多くあります。
また、他の楽器とアンサンブルで混ぜるときに生ピアノの空気感が邪魔になるときもあります。そういうときにソフトウェア音源のピアノを使うというのも、選択肢のひとつと考えます。
サンプリング音源のピアノ
サンプリング音源というのは実際にピアノの音をひとつひとつ丹念に録音、pppからfffの表現から弦の共振のひとつひとつまでも収録し、ピアノの表現をソフトウェアで再現しようとするものです。シネマ系の音楽では、最も使われることの多いピアノの音です。
立ち上がりの音の美しさは、下手にレコーディングするよりも良い結果が得られることがあります。また開発メーカー各社、それぞれに特色を持ったものを制作しています。空気感や存在感を重視したもの、よりピアノの音やメカニズムのリアリティを追求したものなどがあります。
各種音源から、イメージに合った理想的な音を選択することが出来ます。
物理モデリングのピアノ
最近特に面白いと思っているのは、物理モデリングのピアノです。サンプリング音源が実際の音を録音したものを使っているのに対して、こちらはピアノの音の挙動を物理的にモデリングして合成していく、いってみればシンセサイザーのようなものです。
乾いた感じの独特の音がしますが、多くの倍音を含んだ音の表現では、サンプリング音源よりも生ピアノの音に近くなります。ペダリングを含んだ音の共振などはかなりリアルです。
実際に存在しないピアノを作ったり、あえて空気感を感じさせないピアノの音が欲しいときにも使います。また、アンサンブルで他の音と混ぜるのが比較的容易なのもこの音源の特徴といえるでしょう。