音楽に魂をいれるということ

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 南仏のアルルに2,3日滞在していて、あふれる色彩や空気感に触発されて曲を書きました。それをフランス人(当時の彼女)に聴かせたところ、とても日本的な美しいメロディといわれました。「いえいえ、アナタと旅行に行った南仏のイメージですよ」といったら、「でもやっぱり日本の空気を感じる」といわれました。

 そのときにこの曲はタイトルもなにもなかったのですが、その後、アコーディオンの巨匠、リシャール・ガリアーノに初めてお会いしたときに、この曲を「Song for R.G」と名付けて差し上げました。で、おんなじこと言われたんで、南仏云々はもうめんどくさくなっていいませんでした。興味ある人はこちらで試聴してみてください。で、もし気に入ったら買ってください(笑)。

 風に揺れるススキ、ゆらゆらと漂う蛍、秋の紅葉、田んぼに実る稲、しんしんと降る雪、こういったものが日本に長く住み着いていて、骨の髄まで染みついているのでしょうか、作るものにもそのような空気が入り込むんでしょうかね。それならもういっそのこと、そういったものをテーマに書いた方がストレートでいいかもしれないと最近は思っています。

 

 久しぶりに映画「ブレードランナー」を見ました。実は最近、フィリップ・K・ディックの小説にはまっています。キンドルで次から次に買って読んでます。イイですね、キンドル版。何冊買ってもかさばりません、邪魔になりません(笑)。で、この作家の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」がブレードランナーの原作なのです。

 小説と映画とでは大筋は同じなのですが、そこに流れるテーマみたいなものは全く違いますね。ボクはより哲学的な小説の感じの方が好きなのですが、映画の方も別物と思ってみれば、なかなか楽しめましたね。ただこの映画、数年前に一度鑑賞しているはずなのに全く覚えていませんでした(笑)。

 この映画を見たくなったもう一つの理由があります。この映画のなかでの退廃した地球の姿を、リドリー・スコットは大阪のミナミの街から触発されたと記憶していたのですが、違いましたでしょうかね。もう検索して調べるのも面倒なので(笑)、誰か親切な方、調べてください。映画「ブラックレイン」をとるきっかけになったとか、そんな話だったと思うのですが。

 この映画の中で、外国人が感じる日本が結構出てくるんですよ。それは、ボクが思っている日本の故郷のような景色ではなくて、都会のけばい色彩です。リドリー・スコットがいくら日本的なものを表現しようとしても、日本の匂いは全くしないんですよね。それはもうパロディのような感じになっています。でもそれでいいのです。この映画は日本を表現しているわけではないのです。退廃した都市を日本的なもので表現しているだけなのです。

 で、ボクはここで思ったのですが、ボク自身も外国に行って感じたものを作っているつもりでも、もしかしたらパロディになっているかもしれないということ。たった数日間の感じたままのことを表現しているだけで、実際、そこで長く暮らす人たちからしたら、ボクのほうが見当外れのものを感じているかもしれないのです。

 それともう一つ感じたことは、外国人が持つ日本のイメージとはこの映画に出てくるような「退廃した感じ」ではないかということです。どんなに鮮やかにしていても朽ち果てていくことを感じさせるもの、そして、それを最初から受け入れている感じ、「もののあはれ」とでもいいましょうか。これはアメリカ人やイギリス人には全くない資質ですね。フランス人にはちょっとあるかもしれません。

  ボクは自分の曲を書くときも、人の曲をアレンジするときも常にこの「もののあはれ」を意識します。このあたりがどうやら、日本的に感じさせてしまう要因かもしれません。考えてみれば、風に揺れるススキ、ゆらゆらと漂う蛍、秋の紅葉、田んぼに実る稲、しんしんと降る雪、もそういった種類のものになりますよね。だからやっぱり、日本的な空気感はどうしても出てしまうのかもしれませんね。

 ボクら日本人にはあたりまえのように培われてきた、儚いものへの共感が作るものにも込められてしまうんですね。で、これを作品に入れないことには、魂を入れたことにはならないんですよ。

 

 だからこれからも、そういったものを作っていきたいと思います。ボクの音楽を聴いて、「なんか心が締め付けられる感じがする」と思っていただけたのなら、それはもう最高のお褒めの言葉をいただいたのと同じなのです。

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